大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和46年(オ)457号 判決 1976年11月25日

上告人

山宮商事株式会社

右代表者

宮崎実

右訴訟代理人

宮内勉

被上告人

旧商号株式会社日本勧業銀行

株式会社第一勧業銀行

右代表者

横田郁

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人宮内勉の上告理由について

原審は、(一) 上告人が訴外株式会社継谷商店(以下「訴外会社」という。)に対する九四万四八八一円の約束手形金債権の執行保全のため、訴外会社の被上告人に対する本件預託金返還請求権につき仮差押の申請をし、神戸地方裁判所の発した仮差押決定が昭和四三年六月八日被上告人に送達され、次いで、上告人は訴外会社に対する右約束手形金請求事件の勝訴判決に基づいて本件預託金返還請求権につき差押・転付命令の申請をし、同裁判所の発した差押・転付命令が同年八月三日訴外会社及び被上告人に送達されたこと、(二) 被上告人は、昭和四〇年一二月三一日訴外会社と銀行取引約定を締結したうえ訴外会社の割引依頼により約束手形二三通(金額合計三六五〇万〇九三八円)を割引いたが、右銀行取引約定には、(イ) 訴外会社が「仮差押、差押もしくは競売の申請または破産、和議関始、会社整理開始もしくは会社更生手続開始の申立があつたとき、または清算にはいつたとき。」(銀行取引約定書五条一項一号)には、訴外会社が割引を受けた全部の手形について、被上告人から通知催告等がなくても当然手形面記載の金額の買戻債務を負い、直ちに弁済する旨(同六条一項)、(ロ) 「期限の到来または前二条によつて、貴行(被上告人)に対する債務を履行しなければならない場合には、その債務と私(訴外会社)の諸預け金その他の債権とを、期限のいかんにかかわらずいつでも貴行は相殺することができます。」旨(同七条一項)が定められていること、(三) 被上告人は、前記仮差押決定を受けたので、右銀行取引約定に基づき、右仮差押申請のあつた時点をもつて当然訴外会社に対する割引手形買戻請求権が発生し、かつ、その弁済期が到来したものとして、転付債権者である上告人に対し、昭和四三年九月二五日付書面をもつて、金額二一一万九二三五円の約束手形(満期同年七月三〇日、同年四月一〇日割引)の買戻請求権(本件手形買戻請求権)を自働債権とし、本件預託金返還請求権(その弁済期は、同年九月一四日に到来した。)を受働債権として、対当額で相殺する旨の意思表示をし、同書面がそのころ上告人に到達したこと、以上の事実を認定しううえ、前記銀行取引約定は、割引依頼人に対し仮差押の申請があつたなどその信用を悪化させる一定の客観的事情が発生した場合には、銀行が割引いた約束手形について、その支払期日前でも、なんらの通知催告等を要せず当然に割引手形買戻請求権を生ぜしめ、一方、割引依頼人の銀行に対する預金等の債権については、銀行において期限の利益を放棄し、直ちに相殺を生ぜしめる旨の合意と解することができ、このような合意は、契約当事者間ではもとより、割引依頼人の銀行に対する預託金返還請求権につき差押・転付命令を得た債権者に対する関係でも有効である旨を説示し、被上告人の前記相殺の意思表示は、本件手形買戻請求権と本件預託金請求権とが相殺適状を生じた昭和四三年九月一四日に遡つて効力を生じ、本件預託金返還請求権は右相殺により全部消滅したものと判断した。

上告理由第一は、本件手形買戻請求権の発生年月日についての原審の前記(三)の認定判断に理由齟齬があるというのであるが、右認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。

上告理由第二は、被上告人と訴外会社との間の前記銀行取引約定が第三者である上告人に対する関係でも有効であるとした原審の判断は、判例(最高裁昭和三六年(オ)第八九七号同三九年一二月二三日大法廷判決・民集一八巻一〇号二二一七頁)に反するというのである。しかし、第一に、銀行の貸付金債権について、債務者にその信用を悪化させる一定の客観的事情が発生した場合に、債務者の有する右貸付金債務の期限の利益を喪失せしめ、同人の銀行に対する債権につき銀行が期限の利益を放棄し、直ちに相殺適状を生ぜしめる旨の合意が、差押債権者に対する関係においても効力を有すること、また、第二に、債務者に対して仮差押等の申請がされることは、債務者の信用を悪化させる定型的な徴候と解することができ、特段の事情のない限り(本件では、このような特段の事情の存在について主張立証はない。)、これをもつて上記の期限の利益喪失事由とすることが許されるべきであることは、当裁判所の判例とするところであり(最高裁昭和三九年(オ)第一五五号同四五年六月二四日大法廷判決・民集二四巻六号五八七頁、同昭和四二年年(オ)第九〇〇号同四五年八月二〇日第一小法廷判決・裁判集民事一〇〇号三三三頁)、所論引用の判例は右大法廷判決によつて変更されたものである。そうして、今日の銀行取引において行われる手形割引は、割引手形の主債務者の信用が基礎にあるなどの点で、純然たる消費貸借契約とは性質を異にする一面を有するとはいえ、広い意味において割引依頼人に対する信用供与の手段ということがき、割引銀行としては、直接の取引先である割引依頼人の信用悪化の事態が生じた場合には、その資金の早期かつ安全な回収をはかろうと意図することは自然かつ合理的であり、その回収の手段として、一定の場合に、割引手形の満期前においても割引手形買戻請求権が発生するものとするとの事実たる慣習が形成され、全国的に採用されている定型的な銀行取引約定の中にその旨が明文化されるに至つていることは、公知の事実である(最高裁昭和三八年(オ)第一〇〇三号四〇年一一月二日第三小法廷判決・民集一九巻八号一九二七頁、同昭和四三年(オ)第九三四号同四六年六月二九日第三小法廷判決・裁判集民事一〇三号二九三頁参照)。債務者の期限の利益喪失の事由とすることが許容される前記の一定の客観的事情が割引依頼人について生じた場合には、割引依頼人が割引を受けた全部の手形につき、銀行からなんらの通知催告がなくても当然に割引手形買戻請求権が発生し、割引依頼人は右買戻債務を直ちに弁済しなければならない旨の前記銀行取引約定が、割引依頼人の銀行に対する預託金返還請求権につき仮差押をしたうえ差押・転付命令を得た債権者に対する関係でも、原則として有効であることは、当裁判所の判例の趣旨に徴しても明らかであり(前掲各判例のほか、最高裁昭和四三年(オ)第七七八号同四五年六月一八日第一小法廷判決・民集二四巻六号五二七頁、同昭和四七年(オ)第一三一六号同四八年五月二五日第二小法廷判決・裁判集民事一〇九号二六九頁参照)、本件手形買戻請求権は、本件仮差押決定が被上告人に送達されてその効力を生ずる以前に、被上告人の取得するところとなつていたものというべきであるから、これを自働債権として、右仮差押ののちにした本件相殺は有効であり、これと同趣旨の原審の判断は、正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(団藤重光 下田武三 岸盛一 岸上康夫)

上告代理人宮内勉の上告理由

第一、原判決は理由に齟齬があるものである。

乃ち原判決は被上告人の訴外会社に対する債権の弁済期が到来するに至つた事由に並びにその時期に関し乙第一号証乃至乙第三号証乙第五号証石井真司(第一回)の証言によつて左の如く認定して居る処である。

被控訴人(上告人)は神戸地方裁判所に対し訴外会社を債務者控訴人(被上告人)を第三債務者とする本件預託金返還債権の仮差押を申請したところ(神戸地裁昭和四三年(ヨ)第五四四号)その旨の決定が発せられ同決定は昭和四十三年六月八日控訴人(被上告人)に送達された(この事実は当事者間に争いがない)ので控訴人(被上告人)は前記特約条項に基づき右仮差押申請のあつた時点をもつて当然訴外会社に対する割引手形買戻請求権が成立し且つその履行期が到来したものとして同年六月二十七日付書面(乙第二号証)をもつて訴外会社に対し割引手形買戻の催告をなしさらに転付債権者である被控訴人(上告人)に対し同年九月二十五日付書面(乙第三号証)をもつて手形額面金二一一万九二三五円支払期日昭和四三年七月三十日、支払場所松山信用金庫新立支店、支払人松山外材センターなる約束手形(割引年月日昭和四三年四月十日)の買戻請求権と本件預託金返還債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をなし右書面がその頃被控訴人(上告人)に到達したこと(右書面がその頃被控訴人(上告人)に到達したことは当事者間に争いがない)が認められる。

と認定し被上告人の訴外会社に対する債権の弁済期は上告人が訴外会社に対し仮差押の申請をなした事に因り乙第一号証の銀行取引約定書第五条第一項第一号の規定に基づき弁済期限が到来した旨認定したがその認定の証拠となつた乙第一号証乃至乙第三号証乙第五号証及び証人石井真司(第一回)の証言によつて右の如き事実認定が可能なるや否やを検討するに成る程乙第一号証には被上告人と訴外会社間に原判決認定の如き約定の存した事は認められるが右乙第二号証には弁済期が到来するに至つた事由は明記されて居らず且つ又右乙第二号証を被上告人が訴外会社に差し出すに至つた日時は昭和四十三年六月二十七日であつて右日時は乙第六号証の一によつて明らかな如く訴外会社が手形の不渡を発表し一般にその支払を停止するに至つた日である事実から推して(乙第六号証の一神戸手形交換所の昭和四十三年六月二十八日付警戒通知であるから訴外会社が手形の不渡をなした日時はその前日の昭和四十三年六月二十七日である)被上告人は訴外会社に対する債権の弁済を右の如き理由で以つて乙第二号証を以つて催告したものであつてそうでなければ上告人の訴外会社を債務者被上告人を第三債務者とする本件預託金返還債権の仮差押申請(神戸地裁昭和四三年(ヨ)第五四四号)に基づきその旨の決定が発せられ同決定が昭和四十三年六月八日被上告人に送達されたに拘らず被上告人はその後訴外会社が不渡を発表した昭和四十三年六月二十七日迄履行の催告をしなかつた事実に照し被上告人が一般普通銀行である等を勘案する時前記の如く日時を遷延する事は通常考へられない事であり加へるに乙第五号証にも単に反対債権を有する旨回答して居るに止まりその反対債権につき履行期が到来するに至つたや否や又到来するに至つた理由も明記されて居らず又乙第三号証は被上告人が債権差押並びに転付命令の送達を受けた後反対債権の履行期が発生するに至つた理由並びに時期を明らかにせず相殺の通知をなし又証人石井真司(第一回)の証言も同人が直接実務に関与して居ない処から乙第二号証、乙第三号証、乙第五号証を作成したものではなく単に銀行業務一般を証言したに過ぎないものであるから本件の要証事実に関する証人としての適格を欠くので原判決が乙第一号証乃至乙第三号証乙第五号証及び証人石井真司(第一回)の証言を以つて被上告人の訴外会社に対する債権の弁済期が到来した日時並びにその事由を上告人の訴外会社に対する仮差押申請の時と認定したのは乙第二号証、乙第三号証、乙第五号証証人石井真司(第一回)の証言を以つて経験則上認定し得ないものを認定したものであつて理由に齟齬があるものである。

第二、原判決は左記最高裁判所判例に反する判断をなしたものであつて破毀されるべきものである。

被上告人と訴外会社間の乙第一号証(銀行取引約定書)第五条第一項第一号の規定は左記判例の示す如く第三者たる上告人に対抗し得ないものである。

一、国税徴収法による債権差押と第三債務者の相殺権

二、国税徴収法による債権差押と第三債務者の相殺予約による相殺(最高裁昭和三十九、十二、二十三判決)

(理由要旨)

ところで債権者債務者間に生じた相対する債権債務につき将来差押を受ける等の一定の条件が発生した場合に右双方の債権債務の弁済期如何を問わず直ちに相殺適状を生ずるものとし相殺予約完結の意思表示により相殺を為し得るという原判決の如き相殺の予約は差押当時現存していた債権につき差押を契機として当時相殺適状に達していないのに拘らずまた、両債権の弁済期の前後を問わず直ちに相殺適状が発生したものとして相殺により被差押債権を消滅せしめんとするものであるがかゝる特約は前示民法第五百十一条の反対解釈上相殺の対抗を許される場合に該当するものに限つてその効力を認むべきである。

すなわち差押前第三債務者が取得した反対債権につき、その弁済期が受働債権である被差押債権の弁済期より先に到来する関係にある自働債権との間において、前記の如き相殺予約は第三債務者の将来の相殺に関する期待を正当に保護するものであるから、かゝる場合に限り、前記相殺予約は有効に差押債権者に対抗し得るものと解するのが相当であるが然らざる場合、すなわち民法第五百十一条の反対解釈を以つてしても相殺予約は差押債権者に対抗し得ないものといわなければならない、けだし後者の場合にも右相殺予約の効力を認めることは私人間の特約のみによつて差押の効力を排除するものであつて契約自由の原則を以つてしても許されないといわねばならない。従つて自働債権の弁済期が受働債権のそれと同じであるかまたはその以前に到来する関係にある債権相互についての右相殺予約は差押債権者に対抗し得るものであるが然らざる債権相互についての右相殺予約に基づく相殺は差押債権者に対抗し得ないものといわなければならない。

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